【生産者インタビュー】石川県・竹本農場 竹本彰吾さん
「やり方やり、あり方」


 

 

強いお姉ちゃんの下で、自分の意見を主張しない男の子・タケモト
 

3つ、4つ上の姉が二人と、両親、おばあちゃんで育ったんよ。
あんまり自分の考えを主張するタイプではなかったな。
お姉ちゃんが力強く、お姉ちゃんに任せてたかも。
どこにいく?じゃなくて、「ここい行きたい!」ってお姉ちゃん言ってたな。
 
おれはスポーツバスケやっとったよ。
スラムダンクでいう桜木かな。パワーフォワード。
身長高かったから。運動神経は努力でカバーするタイプやったわ(笑)。
努力でレギュラーを勝ち取ったしね。
大学もサークルでバスケ。でもその頃から見る楽しさになってたな。
 
友達の間でも、主張せんねー。
いまのカミさんは、高校2年から付き合って、8年で結婚したんよ。
カミさんはバレー部。同じ体育館で練習してるときに、
カミさんから声かけてくれて、番号おしえて、、、(笑)。
将来は、高校卒業してから農業しようと思っとったよ。
竹本農場を築いてきたおじいちゃんもいたし。
でも親父に相談して、大学いって親元をあえて離れた。

 

団体競技より、ひとりでやるのがすきで家を継ぐ。だけど大きい親父の存在




 
大学は鳥取大学にいったんよね。
その間でも、おばあちゃんは毎日つぎなさい!って言ってた。
親父もフォロー上手でさ、「すきなことをすればいいよ〜」なんて言ってくれて。
その頃ちょうど就職氷河期で、「なんで働くの?」がテーマになっていた。
その中で自分が経営者になれるのはおもしろいと思っていた。
バスケやって思ったけど、団体競技よりひとりが得意なんよね。
中学、高校になると先生がかわるとチームがかわる。
それでずっと従うのがきついって思ったんよ。
 
結局自分の家の会社に入ったんやけど、やっぱ最初は雑務やね。
いまでこそ10年目農家でいわゆるナンバーツーで、専務取締役だけど、
お米の作り方はやっぱりいまだに親父が圧勝。
何の差かは、そうやねえ、、、知識と経験が違うかな。
言語化はしにくいんやけど、それは確かな差としてあるわ。
いっちばん最初は親父から指示があって、
ただただそれをこなすって感じが続いたな。
でもなぜそれが必要かわからないんだけど、やるんよ。
なんども復習して、知識いれていってね。
おれらの地域って、
5歳上まで、同じ世代の横のつながりが多く、親同士も仲いいんよね。
だからその世代で勉強会をやっていて、それが良かった。
農業始めたてってこういうコミュニティがすごく重要だと思う。
3年くらいしたら知らないことを、親父には聞き抜くいんやけども、
その仲間の中では気軽に聞ける。
そんな中でなんとかやっていっとったなあ。

 

自発性が生まれた分岐点、イタリア米プロジェクト

 



 
で、おれが働き方の大きな分岐点になったのは、
3年目になって立ち上げたイタリア米づくり。
親父がアドバイスはしてもらったけど、自分が1から作り上げたんよね。
普通にお米農家として後継ぐと、芽がでて当然の環境にいる。
でも新種を新しくやるって最初は不安で、、、。
芽がでて、「芽がでることが素敵なことなんだ!」って気づけたし、
あと仕事への大きな自発性が生まれた。
作り始めた時は、親父はぶーぶー行っていたけど、反響があったら態度かわった。

 
竹本農場は、経営計画はずっとなかった。今もないんよね。
経営計画たてたほうがいいという人も多いんやけどね。
そうやねえ、、、計画をたてるとそっちが目的になってしまうと思うんよ。
目標が到達すると満足してしまう。

 
農家言葉にあるんやけど、農家は毎年一年生。毎年気象かわるし。
毎年新鮮になれるし不安でもある。
じゃあ、経営計画は指標としてと、コストを把握してればいい。
相場だけみてたら相場はどんどん下がるけど、つくるものは下がらない。
好きでいてくれているお客案をだから大事にしないとね。
「やり方あり方」って大事にしてる言葉なんやけど、
どうやっていくかというより、自分が「どうありたいか」を基準に、考えたい。
竹本農場は、ざっくり計画たてて、この方面は1.2倍伸ばしたい!くらいで。
あとは一生懸命、人を大切にしながらやっていくのみやね。

 

親父がいるからこそ踏み外さない

 
おれはね、師匠といえば、親父かな。知識も考え方も。
親父からいわれことですごいと思ったのは、、、
途中で断念したときに、
「人には時間は限られている。その中で、体を壊すな、家庭は壊すな、メンツは潰せ」。
会長になって顔たてが必要になるけど、
そこのメンツばっかりに時間だったり手間をさいてたら、
体を壊したり、家庭が壊れたりするから、見栄だったりメンツを壊せ。
おじいちゃんが天皇杯をもらって、急に亡くなった。
じいちゃんが亡くなったら、田んぼを返してくれと言われたんよ。
だからあの親父が辛い思いをして、100人から田んぼを借りたんよね。
頭下げてまわったみたい。
そんな親父は、おれを踏み外しそうなとき、みててくれるから。
やっぱり師匠なのかもしれん。

 

経営に直接的に関係ない、でもやるべきことをやる「あり方」を突き通す
 



 
いまありがたいことに、
石川県農業青年グループ連絡協議会の会長をやらせてもらってるんよね。
それは何かって言うと、35歳以下の農業青年の集まり。
地区ごとにわかれて課題に取り組み、うまくいった人は、
全国大会まである農業活性化の取り組みなんよね。
会長任期は原則1年、でもおれは2年したいんよね。
 

35歳まで加入可能の団体ってことで、23歳から入ってるけど、
みんな5〜7年で35歳になる人がほとんど。
だから会員はみんな、
5〜7年の中で実績をつくらなければいけんのよね。
18人役員。
次のリーダーも決めなければならない。
 

自分以降は、リーダーに慣れてない農家さんを突発的に会長にするのではなく、
この取り組みを活性化させるためにも、
ちゃんとみんなに役割与えて、リーダーを与えて、
仕切るスキルを高めて、会長になる。
おれが発案していまその動きになってるんよね。
 

あと、アグリファンド石川という組織内の、
農家独自の勉強会で副会長もさせてもらってるんよ。
その中で、役員自体は12、3人いるんやけど、5人くらいしか出席しない。
会員は60人くらいいるけど、いつも15〜20人くらいしか出席しない。
これをね、ほんとうに変えたいんよ!
役員会を、2チームにわけて、
一つはアグリファンドの活性化、
二つは来る40周年に向けて何するかを考える。
アグリファンドも農業青年も、仕切っていかないといけない。

 
組織論で、10人集めると、2人すごい働くやつがいて、
そこにおるだけが6人、邪魔なやつが2人。
一番働く2人がいなくなると、、、残りで同じようになる。
だから役員会も、グループを小さく、
働く数が増えるんやないかと発案したんよね。
こういうお金なるとか、経営とかに直接的関係ないけど、
こういう場を育む人としての「あり方」を大事にしたいから、
一生懸命やってるよ。

 

自分のためだけじゃない、人のための「恩返し農業」が自分のテーマ

 
将来は、米農家の見本になりたい!
若い人が追いつけ追い越せで頑張りたい!
きっかけは、皇太子殿下にお会いした時。
一昨年、石川県で担い手サミットというものが開催されたんよ。
皇太子殿下が選ばれた若手農家と交流するんよね。
選ばれるポイントは、結婚していて夫婦でこれいて、いま頑張っている、
そしてその地区の中でも優秀な人。
そういうポイントで選ばれたのと交流したので、すごく感激してしまった。
そこから考え方が変わって、
自分がやっているのは「恩返し農業」って自分で呼んでるんよ。
例えば、イタリア米は竹本農場のお米として、
一から自分が作ったんだ!と伝えて広めることで、
ほかの農家さんが真似してくれたら嬉しいなとおもってるよ。
これがおれのお米農家としての、「あり方」やね。