【生産者インタビュー】長野県・がんも農場 サキさん
「1から10をつくる喜び」






みなさん同級生と結婚するなんて想像したことありますか?
がんもさんとサキさんは、SNSをきっかけに再会したそうです。
きっと、学生時代にそんなこと想像もしなかったでしょう。
しかもその時はお互いそんなに話してなかった。
↑ココ最高ですよね〜(笑)。
なんでそんな二人が交わったんだろう、、、。
サキさんがどんな子どもでどう考えてきたのか、
実はそこを深掘ると、「たしかに二人は交わるよなあ」、と思っちゃいます。
そしてそういう人があなたにもいたら、ぜひ夫婦で経営することに向いてるかも?
ぜひぜひ読んでみてください!
(byはしもとえいじ)


 

がんもちゃんとは真逆。末っ子の元気っ子で、バドミントンが大好きな少女時代
 


(がんも農場のフロント担当!)

 
5人家族で、両親、私は三姉妹の一番下。
長女とがんものお兄ちゃんも同級生なの。
実家も近所で、なんとなく親同士も顔を知っていて、、、とかそんな関係でした。

 
小さいころから目立ちたがりで出しゃばるタイプだったな(笑)。
でも、明確で大きな野望があった訳じゃない(笑)。
進路選択も結構適当な私だったけどしっかり話を聞いて後押ししてくれる両親だった。
今まで何かを反対されたことは無かったな。
上の姉たちはしっかりものだったから、そんな自由な私に納得いって無かったと思うけど(笑)
小中高はバドミントンをやっていたよ。
高校もバドミントンがしたくて選んだほど。
県内ではそこそこの強豪校だったけど、私の実力は、、、それなりで。
でも、好きだったんだよね。目立ちたがりなので、ここでも部長をやらせてもらったな。
勉強はね、、、想像通りかもしれないけど、ガリ勉がんもちゃんとは真逆タイプ(笑)。
それなりにどうにか乗り切るタイプ(笑)。
中学の担任の先生に最近再会したんだけど、
「よく、さっこは○○高行けたよなぁ」って言われちゃう感じ(笑)
 
 

お客さんと関係性の中で、ちゃんとした提案ができる仕事がやりたかった
 


(がんもさんの家に農家さん集結!)

 
高校卒業してからは、事務関係の専門学校に2年間通った。
卒業して、20歳で建築会社へ就職したの。
そこでは、家を買うための資金計画を提案する仕事をしてたんだ。
簡単に言うと住宅ローンとか、融資のことを話す仕事。
私は家を建てたことがない、結婚もしたことがない。
そんなぺーぺーの20歳が話す、相手にとってもリアリティの無いお金の話。
人生経験が無い私にとって、それ自体がかなりのストレスだったのね。
1年半ぜんぜんおもしろ味を感じることができなくて、、、。
正直言って、売ったら売りっぱなしだったし、
資金計画がぎりぎりの人にも家を販売するお手伝いをすることもあったし、、、。
けっこうグレー気味で、、精神的にまいっちゃったんだよね(笑)。
 

私の実家は父親が家族のために設計してくれた家だったんだ。
それで、小さいころから家作りに興味があった。
私の家のイメージって、「世界に1つだけの家」なんだ。
家作りって、住む人の思いが詰まった家であってほしい。
私はそんな思いを精一杯詰め込んだ家作りに携わりたい。
1つ目の会社では、自分の思い描く家作りにはたどりつけなかった。
でも、建築会社に就職したからには、やっぱり作る側に回りたいなって気持ちが出てきてさ。
それで、とにかく勉強しなきゃってなって、1つ目の会社を辞めたんだ。
 

会社辞めてから2年間職業訓練校に通って、建築学を学んだよ。
技術的に、建築分野に関わりたいと思ったから。
学校では座学もするし、実技で小屋を建てたりもしたんだ。
途中大工さんも素敵だなぁ、って思ったり(笑)。
やっぱり、職人さんってかっこいい!
 

そうして入った2つ目の会社は、注文住宅の建築会社。
設計部に配属されて、図面をひいたり、
お客さまと直接内装の打ち合わせやインテリアの提案をさせてもらってたよ。
ひとりひとり、ひと家族ひと家族ごとに、生活スタイルや思いが違っていて、
それを一緒に悩みながら形にしていくこと。
それはそれは、やりがいのあるものだったよ。
出逢いからお引渡し後の生活まで、一生寄り添えるお付き合い。
そんな素晴らしい出逢いをくれる会社だった。
仕事量はかなり膨大で、目がまわりそうだったけど(笑)。
パターン化された作業じゃなく、分業でもなく、ちゃんとお客さまとの関係の中で働く。
最高の仕事だったな。
 
 

 がんもちゃんとの再会はソーシャル! 

 

(いい写真!さきこさんのTシャツに、「SURVIVOR」の文字が)

 
その仕事を始めて5年目くらいだったかな、携帯をiPhoneに変えたんだ。
その時、連絡先にがんもちゃんが登録されてたのに気づいたんだよね。
中学卒業して以来会ってなかった、がんもちゃん。Facebookでも見つけてね。
「まさかガリ勉の黒くん(当時のあだ名)が農業やっているとは!」
なんでだ、なんでだ。って興味が湧いて、長野に会いに行ってみることにしたの。
農業に興味があった訳じゃないんだよね(笑)
 
田んぼの手伝いとかいろんな農作業をして、、、5回くらい長野にいったかな。
がんもちゃんは好意を持ってくれたようで(笑)。
私はそんなに意識してなかったけど(笑)。
私は、結婚する時は実家の近所に住んでくれる人と、って昔から思ってたの。
でも、がんもちゃんとお付き合いするということは、必然的に長野に永住することになる訳で、、、。
でもね、何故か不思議なことに、そこに抵抗はなく長野に来れたの。
結婚するんだろうな、農家の嫁になるんだろうなって自然に。
ただね、自分がここまでガッツリ一緒に農業をやるとは思ってなかったの。
移住当時、それが議題でたくさんの話し合い?(もめ事も、笑)をしたくらい(笑)。
 
私は実は、もともとパンが好き!お米には正直興味がなかったんだ(笑)。
というか食べ物にそんなにこだわりはなかった。
もちろん、おいしいものは好きだけどね。
普段食べているお米がどこで作られているかなんて考えたことなかったよ。
30年間実家暮らし、ほとんど料理も出来なかったし(笑)。
母親が作ってくれたおいしいものを、ありがたくいただいていた。
長野に来てからだね。食材自体にも興味をもつことが出来たのは!
 
 

文化を広めるのではなく、みんなでお米文化をたのしみたい!



(さきさん編み編みしてます。がんもさんより器用そう)
 

休日は、二人で過ごすことが多いの。
がんもちゃんがきっかけで好きになった相撲を観戦したり、
落語を聞きに行ったり、県外に遊び行ったり、楽しんでるよ!
今後私がやりたいのは、「がんも農場工芸教室」。
2人でしめ縄教室に行ったり、米俵編みを習いに行ったり。すごく楽しかったの!
竹細工とか籠編みにも興味あってさ、地元のじじばばに習うんだけど、
昔の人みたいに暮らしの身近にあるものを自分でつくれたらいいなと思うんだ。
こうゆう教室があったら、その人の生活に寄り添えるな、って。
多くの人に広めるというよりは、みんなで一緒に楽しくやっていきたい。ちょっとずつね。
 
 

分業で効率化ではなく、人と人でお米農家をやる
 



 

農業は、自分でモノを生み出す喜びもあるし、
直接想いを伝えながら販売できる喜びもあると思う。
2つ目の会社も、お客さまとの距離が近くてね。
家を建てるために、今困っていることを聞き出したり、将来設計、お金話、子供の話、
色々その人、その家族の人生に深く入り込んで、想いを共有して。
やっぱり現場にいないと、そういうことって出来ないって思うんだよね。
大きい会社はどうしても分業制のところが多いから、
その道のスペシャリストにはなれるかもしれないけど、
お客様の気持ちを汲み取るのは難しい。距離があるから。
私は、最初から最後まで人間関係、距離感を大切にしたい。
お米づくりや、販売でも私が望む距離感でやることが出来るって感じたんだよね。
それはがんも農場だからかもしれない。
がんもちゃんも言っていたけど、私たちはそういうお米農家になりたいんだ。